【果てしなき妄想劇場】人の心は化合物と同じ。
人は誰しも、自分以外の誰かに憧れる。
あの人のようになりたい。
あの人に近づきたい。
自分以外の誰かを目標とし、ロールモデルとして、自分の道を切り開いている人も少なくはないだろう。
憧れは人に力を与える。
その人の大事な大事な行動の源泉になる。
憧れの誰かを想像することで、やる気が生まれ、迷いはなくなり、行動には力がみなぎる。
そして、憧れの誰かに追いついたとき、あるいは成長した自分を実感したとき。
憧れの人に感謝をするだろう。
僕もそんな経験は何度か味わった。
あの人がいたから頑張れた。
あの人に近づきたくて、追いつきたい一心でここまで来れた。
本当にありがとう。頭が上がらないくらい、感謝をしている人は、僕にもいる。
しかし、どんなにその人に追いつくことに執着していても、自分を見つめ直すと気付くことがある。
それは……
「憧れの人に近づくことは出来ても、その人は自分の成分に過ぎないのだ」
ということ。
自分はどこまでいっても自分なのだ。
生きていても死んだとしても自分は自分だ。
他の何者にもなることは出来ない。
無論、憧れのあの人にも。
憧れの人は成分として自分の中に吸収され、人格形成に強い影響を与える。
僕は、そんな人を強いと思う。
複数の人の成分を取り込み、自分という軸を強固にしている人は尊敬する。
なぜなら、多くの成分が入り混じり調和した自分がいるということは、それだけ理想を追い求め、叶えてきたということだから。
そうなるためにどれほどの努力を繰り返してきたか、想像して余りある。
僕もいろんな成分を取り込んできた。
今だ足元にも及ばないが、僕の文章には確かに彼らの成分が含まれている。
文章を書くときは、まるで片思いしているかのように、彼らの文章をイメージしながら書く。
ひとえに「憧れ」という感情がそこにある。
人格には好きなアニメやドラマのキャラクターや、身の回りの友達や大人の成分。
もちろん日本人としての成分、大学生という成分、所属している全ての団体や環境の成分。
入り混じっている全ての成分が結合し、「自分」という形を成している。
心とは、自分の中に取り込んだ成分が、幾重にも結合し生まれた「化合物」なのだ。
たとえば嫌な部分を捨てたいという願望があったとしても、結合した化合物は何かの化学反応を起こさなければ、何ものにもなることは出来ない。
嫌な部分を捨てたら、結合している自分ごと捨てることになる。
孤独を恐れて多数派に流されたとき、元々いた自分の中に多数派の成分がなだれ込む。
それは心の中で化学反応を起こし、やがて不本意な多数派の群集に溶け込むことになる。
「孤独」を取り除くために、「孤独」のみを排除することなどできないのだ。
心の一部をどこかに置き去りにすることなどできない。
心の一部を捨てた後に生まれるのは、全く違う別の自分だ。
人の心は化合物と同じなのだ。
心の一部分を切り離したければ、心そのものを変えるしかない。
大嫌いなほんの一部分だけをみても何も変わらない。
物質が化学反応なしに変化しないのと同じく、心も何かしらの化学反応を起こさなければ変わらないのだ。
まるでパラダイムシフトのように、自分の価値観を根本から揺るがすような化学反応を。
そう考えると、人の心って本当に面白くて、深くて、海底のように摩訶不思議な世界と可能性が満ち溢れているなと思う。
僕は、自分で、自分の心を元素記号と捉えて、化学反応式のように法則化してみたいと思った。
名付けて「心の妄想化学」だ。
子供の頃の純粋な気持ちも、世知辛い世の中に触れる度霞んでいく。
まるで銀が空気中の酸素と化合し、黒サビとなるように。
経験を積むほどにスキルに磨きがかかり、より人に提供できる価値が増えていく。
水素と酸素から水が生まれ、人々の喉を潤すかのように。
しかし、汚れた水は人に悪影響を及ぼす。
自分のスキルも悪用すれば、信頼を損ない求められなくなる。
なんてね。妄想はここで終わり。
そう簡単に「心の化学反応式」なんて作れるものじゃない。
でも、化学は心の本質に限りなく近いような気がする。
こういうテーマで小説を書くのも面白いと思うし、科学者に協力を募って、共同で研究してみても良いなって思う。
可能か不可能かはおいといて。
化学って目に見えないものを扱っているからこそ、心理学に近しい何かを感じるのかも。
全く異なる二つの学問に共通項が見つかると、いろんな閃きが頭の中で目まぐるしく巻き起こって1人で興奮する。
間欠泉のように、脳内でしぶきを上げて湧き出てくるアイデア。
その瞬間が楽しくて堪らない。
文章を書く衝動が起きる源泉。
それを見つけるために、僕は生きてるんだろうなって思う。
仕事終わりにビールを飲み干して、「この一杯のために生きてるんだよね~」なんて言ってるサラリーマンの気持ちと同じかも。
それくらい、アイデアとの一期一会の出会いは楽しい。
これから、死ぬまでの間、何回この快感を味わえるんだろう?
その瞬間はいつも唐突に訪れる。
訪れる度に書くことが好きになる。
生きている間に、限りなく多くの閃きを。
果てしなき妄想劇場。To Be Continue.